ダブルワークで夢の実現:本居宣長

『古事記伝』を著した国学者の本居宣長(もとおりのりなが)は、1730年、
松坂(三重県松阪市)の木綿問屋に生まれました。

父の死後、家業は落ち目となり宣長自身も商売への興味が薄かったため、母の勧めで医学の道に進みます。
憧れの京都に医学修業に出た宣長は、この地で『日本書紀』や『古事記』などの古典、
国学者・契沖(けいちゅう)の著書に出会い古典研究に目覚めたのでした。
日本人のアイデンティティーを追求すべく国学の道を志しながら、医学の修業も手を抜かず、
27歳には松坂で医者として開業します。

医業で生計を立てつつ、仕事の合間を縫って国学の研究を続けました。
そんな宣長の国学者としての運命を決定づけたのが、たった一度だけ対面した
国学者・賀茂真淵(かものまぶち)との「松坂の一夜」と伝えられる出会いです。

真淵の学説に魅せられていた宣長は、真淵に師事。
書簡で教えを仰ぎながら34歳で『古事記』の研究に本格的に着手し、『古事記伝』の執筆に取り掛かります。
現在でも日本文化研究の貴重な資料とされる『古事記伝』は全44巻の大作。
書き終えたのは宣長が68歳の時でした。
地道に執筆を続けながら、同時に『古事記伝』の出版や後進の指導にも力を注ぎました。
宣長の死後21年をかけて刊行は完了。
全国に数百人いたとされる門人を通信教育で指導しながらの大偉業でした。

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